2007年11月22日
Y.M.さんのネームリーディング
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Y.M.さんから匿名ならリーディングをブログに載せていいと了解をいただきましたので、載せさせていただきます。本文では、Mさんになっています。
こちらは彼の感想です。
↓↓↓↓
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ネームリーディング、、、すごかったです!
申込では自分のことを特に記載したわけではないのに、性格から思いクセから父母に対する思いから、まるで「ずーっと見ていたかのように」ビシビシ当たっておりました!
そしてズバリおっしゃられた私の問題点・・・。
「ちゃんと向き合うこと」、、、それは自分ではこれまで触れないようにしていたのでしょうね。
でも、確かにアドバイスの通りです。
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ネームリーディングはこちらです。
↓↓↓↓
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温和な方です。
物事を荒立てるのは嫌いですが、人と違うのを好むところがあり、少し常識からずれていたり、変わっていることを好む傾向にあります。
なので、物事をまっすぐにとらえないところがあり、ときには斜に構えることもあり、ややこしくしてしまうところがあるようです。
人と同じであるのがあまり好きではなく、個性的であったり、ユニークであるのを好みますので、オリジナル感を求めます。
けれども、目立ちたいかというとそうではなく、どちらかというと、密かに個性を楽しみたい人です。
本当は、人から称賛を受けたい願望は多々ありますので、目立ちたくないと思っていますが、本当は、注目されたい想いが潜んでいます。
人前で表立って目立ちたくないけど、自分の個性や実力、才能は認めてほしいという感じでしょうか?
つかみどころがあるようでなく、一見フニョッとした感じです。
固形だと思ったら固形でなく、形がないと思ったら固いものがある、というような感じで、「あなたはこれだ」と限定しにくい部分を持っています。
自分を一つの枠内に納めたくないという想いが、つかみどころのないふんいきをかもしだしているのかもしれません。
とっつきやすいようでとっつきにくいようでとっつきやすい?
この人は何なのだろう?という気持ちを起こさせます。
人当たりがいい方で、人によくしようと思いますが、繊細なところがありますので、悪いエネルギーを受けやすいところがあります。
自分のことではないのに、自分のことだと勘違いして氣に病んだり、被害者的に物事を受けとりやすいところがあります。
全ての物事は、自分の受け取り方次第ですので、「人は自分を傷つける」と思っていると、そのように感じてしまいます。
多分、子どもの頃に、何か人に傷つけられることがあったかもしれません。
誰しもそういう経験はあるものですが、その時の学びで、正面からまっすぐ人に接しないほうが傷つかずにすむと思ってしまい、それ以来、どこかふにゃりとぬけてつかみどころのない自分を演じるようになったのかもしれません。
それはまたおもしろい個性ともなっていますので、普段はそんなに問題はないですが、親密な関係になる人においては、いつまでたったも心を開いてくれないと思われがちです。
逃げていると思われがちです。
自分はそのつもりがなくて最善を尽くしているつもりなのですが、相手にとってみれば、真っ向から受けとってほしい、そういう想いがあるようです。
けれども、Mさんは、もう長い間そういうことをさけてこられたので、それがどういうことなのかわかりかねているようです。
それは、いいこと、悪いことに限らず、目の前の相手に向き合って、その人が与えるものを受けとる、そういうことかもしれません。
「ちゃんと受けとる」ということでしょうか。
そういう部分を長い間避けてきていたので、どうすればいいのかよくわかりませんし、自分が向き合っていないというのもまだよくつかめていません。
お父さんがそういう傾向のある人で、Mさんをしっかりと受けとめてあげなかったからかもしれません。
そこで、お父さんは自分を愛してくれていないという思いから、自分で自分をしっかり受けとめることをやめてしまい、自分の存在を曖昧にしてしまったら自分を見つめずにすむので、確固としたものをもたないようにしてしまったのかもしれません。
お母さまはもっとどっしりとしてシンプルな方です。
Mさんに対しては、「ちゃんとついてきなさいよ」というような感じで引っぱっていくところがあったようです。
Mさんは小さい頃はお母さん大好きで、お母さんに頼っていたところがあったようですが、お母さんに怒られたりとか、ご兄弟がいれば、差別感を感じたりしたときに、「自分は愛されていないんだ」と勘違いしてしまったようです。
本当はすごく愛されたくて求めているのですが、それを確認することの怖さに壁を作ってしまい、自分の本心とは裏腹に、自分の中に閉じこもってしまったようです。
ただ、お母さまとの関係は土台がしっかりしていますので、心の奥底ではそのつながり感は強いです。
本当は「愛されているんだ」ということを知っていらっしゃいますが、意識上では葛藤があったようです。
斜に構えるところは抜けていませんので、まだそっぽを向きながら、愛してほしい光線を出しているようです。
奥さまにも同じようなことをされているのかもしれませんね。
奥さまの名前がわからないので断定はできませんが、奥さまは多分もっと単純に考えたい人で、Mさんのなかなか向き合わない態度に、この人は自分と真剣に接していないのだ、愛していないのだと自分の無価値観を感じてしまっていると思います。
Mさんといることで自分の無価値観を感じてしまうのならば、あまり一緒にいたいとは思わないでしょう。
これは彼女の問題ですが、結局お互い投影しあっています。
どちらも「愛されたい」という想いが満たされていません。
そっぽを向きながら愛してほしい光線を出していれば、恋愛当初はかわいいと思うかもしれませんが、ずっと一緒にいる相手であれば、「なんでこちらからそこまでかまってやらないといけないの?自分からきなさい。やりなさい」とイライラしてくることもあると思います。
もしかすると、Mさんのお母さんがよくMさんに感じていたことかもしれません。
もじもじしているMさんに、「早くしなさい」「ちゃんとしなさい」とハッパをかけることがよくあったのかもしれません。
そうされることが表面上はイヤで放っておいてほしいと思うのですが、心の奥底では、そうされることで自分にかまってくれているうれしさを感じています。
なんだかんだといわれることで、自分を認められていないと感じる自己否定感と、かまってくれているという慰めと両方を感じているようです。
なので、そのパターンを捨てて、人に依存しない自分になかなかなれないところがあります。
なぜなら、そうすると、かまってくれなくなるかもしれないという怖れがあるからです。
人がやってきてくれるのを待つのでなく、自分から人に向かっていけるようになるといいですが。
そのためには、自分が今しがみついているものを手放す必要があります。
まだ自分がしがみついているものがなにかおわかりになっていないところがあるようですが、それもまた「向き合う」という課題と関係していますね。
お父様がちゃんと物事や人に向き合うのが苦手だった人なので、その影響を受け継いでいるようですが、お父様とご自身とをしっかりと分けて考えることができるようになるといいと思います。
お父様とご自分の似たところ、そこを見つめずして反発していても物事は変わりません。
ご自身の中にあるお父様と似たところをお父様のせいにしてせめたところで、厳しいことをいいますが、責任転嫁でしかなく、自分のためになりません。
父から受け継いだかもしれないものであっても、それをどう扱うかは自分の問題なので、これは自分の問題で自分の考え、受けとり方が引き起こしていることだという観点に立てたら、お父様を許せるようになるのではないでしょうか?
そこで初めて、「自分」というものが、たくさんのつながりの中のひとつの個性ある個体であり、個体でありながら相互依存して関係しあってつながっているのだというところが見えてくると思います。
今はまだ、「自分」を自分で一個の個体として認められていない部分があり、それを他者のせいとしてしまっているところがあるようです。
全て自分が引き起こしていることだという視点に立てて初めて、自分と向き合うことができます。
奥さまのことも、多分はご自身が自分を認めていないというところが投影されて、奥さまも、Mさんに自分が認められていない、と感じていらっしゃると思います。
佳宏さまが自分と向き合うことを始めれば、奥さまとの関係も変わってくることでしょう。
そのための心のデトックスをされるといいかもしれませんね。
人のせいにしている自分を見つけたら、それを書き出し、その感情を吐き出す。
人のせいにする人は、自分が認められていない、報われていない、愛されていないと感じています。
それは結局、もっと愛されたい、認められたい、という気持ちの裏返しです。
そう思うということは、本当の自分はもっと価値がある、愛されるに値すべき、と想っているのです。
けれども、自分で自分を愛せていないので、他者に投影してしまいます。
ここのところが難しいところなんですが。
「もっと愛してほしかった」という、お母さまへの想いがまだ残っているようです。
お母さまは十分に愛して下さっていたようなので、そこの部分がわかってくると自己価値観も増すのではないかと思います。
多分、ご自分でもそのことはわかっているのですが、それを認めないことでなにか得することがあるようです。
得するというか、それを認めないことで得ているメリットがあるようです。
認めないことで、もっと母の愛を得たいとか(愛されたい光線を放ってかまってもらおうとするクセ)、精神的に自立せずにすむとか、人生の責任を持たずにすむとか、そんな感じではないでしょうか?
その部分も見つめてみてください。
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Mさん、掲載許可ありがとうございます。
なんで名前だけ見てこれほど長い文章が書けるのだ?と思いますが、私も不思議です。
名前にはいろいろな情報がつまっているのだなと思います。
多分、名前だけでなく、モノには全てものすごい情報がつまっているのでしょうね。
ただ、私たちのほとんどがそれを読み取るすべを知らないだけなのだと思います。
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物事を荒立てるのは嫌いですが、人と違うのを好むところがあり、少し常識からずれていたり、変わっていることを好む傾向にあります。
なので、物事をまっすぐにとらえないところがあり、ときには斜に構えることもあり、ややこしくしてしまうところがあるようです。
人と同じであるのがあまり好きではなく、個性的であったり、ユニークであるのを好みますので、オリジナル感を求めます。
けれども、目立ちたいかというとそうではなく、どちらかというと、密かに個性を楽しみたい人です。
本当は、人から称賛を受けたい願望は多々ありますので、目立ちたくないと思っていますが、本当は、注目されたい想いが潜んでいます。
人前で表立って目立ちたくないけど、自分の個性や実力、才能は認めてほしいという感じでしょうか?
つかみどころがあるようでなく、一見フニョッとした感じです。
固形だと思ったら固形でなく、形がないと思ったら固いものがある、というような感じで、「あなたはこれだ」と限定しにくい部分を持っています。
自分を一つの枠内に納めたくないという想いが、つかみどころのないふんいきをかもしだしているのかもしれません。
とっつきやすいようでとっつきにくいようでとっつきやすい?
この人は何なのだろう?という気持ちを起こさせます。
人当たりがいい方で、人によくしようと思いますが、繊細なところがありますので、悪いエネルギーを受けやすいところがあります。
自分のことではないのに、自分のことだと勘違いして氣に病んだり、被害者的に物事を受けとりやすいところがあります。
全ての物事は、自分の受け取り方次第ですので、「人は自分を傷つける」と思っていると、そのように感じてしまいます。
多分、子どもの頃に、何か人に傷つけられることがあったかもしれません。
誰しもそういう経験はあるものですが、その時の学びで、正面からまっすぐ人に接しないほうが傷つかずにすむと思ってしまい、それ以来、どこかふにゃりとぬけてつかみどころのない自分を演じるようになったのかもしれません。
それはまたおもしろい個性ともなっていますので、普段はそんなに問題はないですが、親密な関係になる人においては、いつまでたったも心を開いてくれないと思われがちです。
逃げていると思われがちです。
自分はそのつもりがなくて最善を尽くしているつもりなのですが、相手にとってみれば、真っ向から受けとってほしい、そういう想いがあるようです。
けれども、Mさんは、もう長い間そういうことをさけてこられたので、それがどういうことなのかわかりかねているようです。
それは、いいこと、悪いことに限らず、目の前の相手に向き合って、その人が与えるものを受けとる、そういうことかもしれません。
「ちゃんと受けとる」ということでしょうか。
そういう部分を長い間避けてきていたので、どうすればいいのかよくわかりませんし、自分が向き合っていないというのもまだよくつかめていません。
お父さんがそういう傾向のある人で、Mさんをしっかりと受けとめてあげなかったからかもしれません。
そこで、お父さんは自分を愛してくれていないという思いから、自分で自分をしっかり受けとめることをやめてしまい、自分の存在を曖昧にしてしまったら自分を見つめずにすむので、確固としたものをもたないようにしてしまったのかもしれません。
お母さまはもっとどっしりとしてシンプルな方です。
Mさんに対しては、「ちゃんとついてきなさいよ」というような感じで引っぱっていくところがあったようです。
Mさんは小さい頃はお母さん大好きで、お母さんに頼っていたところがあったようですが、お母さんに怒られたりとか、ご兄弟がいれば、差別感を感じたりしたときに、「自分は愛されていないんだ」と勘違いしてしまったようです。
本当はすごく愛されたくて求めているのですが、それを確認することの怖さに壁を作ってしまい、自分の本心とは裏腹に、自分の中に閉じこもってしまったようです。
ただ、お母さまとの関係は土台がしっかりしていますので、心の奥底ではそのつながり感は強いです。
本当は「愛されているんだ」ということを知っていらっしゃいますが、意識上では葛藤があったようです。
斜に構えるところは抜けていませんので、まだそっぽを向きながら、愛してほしい光線を出しているようです。
奥さまにも同じようなことをされているのかもしれませんね。
奥さまの名前がわからないので断定はできませんが、奥さまは多分もっと単純に考えたい人で、Mさんのなかなか向き合わない態度に、この人は自分と真剣に接していないのだ、愛していないのだと自分の無価値観を感じてしまっていると思います。
Mさんといることで自分の無価値観を感じてしまうのならば、あまり一緒にいたいとは思わないでしょう。
これは彼女の問題ですが、結局お互い投影しあっています。
どちらも「愛されたい」という想いが満たされていません。
そっぽを向きながら愛してほしい光線を出していれば、恋愛当初はかわいいと思うかもしれませんが、ずっと一緒にいる相手であれば、「なんでこちらからそこまでかまってやらないといけないの?自分からきなさい。やりなさい」とイライラしてくることもあると思います。
もしかすると、Mさんのお母さんがよくMさんに感じていたことかもしれません。
もじもじしているMさんに、「早くしなさい」「ちゃんとしなさい」とハッパをかけることがよくあったのかもしれません。
そうされることが表面上はイヤで放っておいてほしいと思うのですが、心の奥底では、そうされることで自分にかまってくれているうれしさを感じています。
なんだかんだといわれることで、自分を認められていないと感じる自己否定感と、かまってくれているという慰めと両方を感じているようです。
なので、そのパターンを捨てて、人に依存しない自分になかなかなれないところがあります。
なぜなら、そうすると、かまってくれなくなるかもしれないという怖れがあるからです。
人がやってきてくれるのを待つのでなく、自分から人に向かっていけるようになるといいですが。
そのためには、自分が今しがみついているものを手放す必要があります。
まだ自分がしがみついているものがなにかおわかりになっていないところがあるようですが、それもまた「向き合う」という課題と関係していますね。
お父様がちゃんと物事や人に向き合うのが苦手だった人なので、その影響を受け継いでいるようですが、お父様とご自身とをしっかりと分けて考えることができるようになるといいと思います。
お父様とご自分の似たところ、そこを見つめずして反発していても物事は変わりません。
ご自身の中にあるお父様と似たところをお父様のせいにしてせめたところで、厳しいことをいいますが、責任転嫁でしかなく、自分のためになりません。
父から受け継いだかもしれないものであっても、それをどう扱うかは自分の問題なので、これは自分の問題で自分の考え、受けとり方が引き起こしていることだという観点に立てたら、お父様を許せるようになるのではないでしょうか?
そこで初めて、「自分」というものが、たくさんのつながりの中のひとつの個性ある個体であり、個体でありながら相互依存して関係しあってつながっているのだというところが見えてくると思います。
今はまだ、「自分」を自分で一個の個体として認められていない部分があり、それを他者のせいとしてしまっているところがあるようです。
全て自分が引き起こしていることだという視点に立てて初めて、自分と向き合うことができます。
奥さまのことも、多分はご自身が自分を認めていないというところが投影されて、奥さまも、Mさんに自分が認められていない、と感じていらっしゃると思います。
佳宏さまが自分と向き合うことを始めれば、奥さまとの関係も変わってくることでしょう。
そのための心のデトックスをされるといいかもしれませんね。
人のせいにしている自分を見つけたら、それを書き出し、その感情を吐き出す。
人のせいにする人は、自分が認められていない、報われていない、愛されていないと感じています。
それは結局、もっと愛されたい、認められたい、という気持ちの裏返しです。
そう思うということは、本当の自分はもっと価値がある、愛されるに値すべき、と想っているのです。
けれども、自分で自分を愛せていないので、他者に投影してしまいます。
ここのところが難しいところなんですが。
「もっと愛してほしかった」という、お母さまへの想いがまだ残っているようです。
お母さまは十分に愛して下さっていたようなので、そこの部分がわかってくると自己価値観も増すのではないかと思います。
多分、ご自分でもそのことはわかっているのですが、それを認めないことでなにか得することがあるようです。
得するというか、それを認めないことで得ているメリットがあるようです。
認めないことで、もっと母の愛を得たいとか(愛されたい光線を放ってかまってもらおうとするクセ)、精神的に自立せずにすむとか、人生の責任を持たずにすむとか、そんな感じではないでしょうか?
その部分も見つめてみてください。
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Mさん、掲載許可ありがとうございます。
なんで名前だけ見てこれほど長い文章が書けるのだ?と思いますが、私も不思議です。
名前にはいろいろな情報がつまっているのだなと思います。
多分、名前だけでなく、モノには全てものすごい情報がつまっているのでしょうね。
ただ、私たちのほとんどがそれを読み取るすべを知らないだけなのだと思います。
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この記事へのコメント
1. Posted by Y.M
2007年11月23日 02:51
私はここ数年、様々なリーディングや鑑定などを受けてまいりましたが、これほどまでに自分のことを突き止められた結果をいただいたことはありませんでした!
問題点の解決法もデトックスを勧められて、とても信頼できますし、これからは何かありましたら悦月さんお任せでいきたいと思います。依存するというわけではなく活用させていただくということで←さっそく相性リーディングも頼んでしまいましたけど (^^)。
澤谷さんのブログからこちらを知ったのですが、どうも良い流れが来ているような気がいたします。
それでは今後ともよろしくお願いいたします。
2. Posted by 悦月
2007年11月23日 10:49
Y.Mさま、コメントありがとうございます。
リーディングが役に立ったようでよかったです。
このままどんどんよい流れになっていくといいですね!
リーディングが役に立ったようでよかったです。
このままどんどんよい流れになっていくといいですね!




